1970〜80年代,日本やアメリカを中心に「バイオリズム」と称する,疑似科学的な生命リズム理論が巷でブームになった。イオリズム理論では,誕生日を起点として,知性,体力,感情が,それぞれ特定の日数で周期的に変動するとされ,バイオリズム予測と呼ばれる一種の占いに根拠を与えていた。生物学的には荒唐無稽と思われるこの学説は,全盛期には,警察,自衛隊,交通組合,企業,スポーツ界などで盛んに取り上げられ,アメリカのバイオリズム入門書には,日本があたかも「バイオリズム立国」であるかのように喧伝されたことすらあった。
興味深いことに,このバイオリズム理論の成立の背景には,19世紀末の錯綜する生命リズム・ブームがあり,さらに1960年代以降の日本における大衆的な普及過程は,生命科学概念として市民権を得ている「生物時計(体内時計)」概念の社会受容過程とパラレルであった。むしろ,体内時計概念は,バイオリズム理論としばしば混同(ないし援用)され,ときにはそれを通じて(あるいはそれとの対比によって)広まったという側面がある。
こうした事例は,生命やリズムに関する社会・歴史・文化的諸条件やメタファーを読み解く格好の素材であり,それらは今なお私たちの生命観やリズム観と無縁ではないと思われる。
*報告者は、早稲田大学理工学術院准教授。科学技術振興機構さきがけ研究者兼任。
専門は、時間生物学、微生物学、バイオアート。専門領域における論文多数の他、「生命リズムへの複眼的まなざし」(『科学』2005年12月号)など、生命文化誌的な著述も行う。それらの一部は、下記のサイトから読むことができる。
http://www.f.waseda.jp/hideo-iwasaki/
また、切り絵作家として創作活動も行う。(下記参照)
http://www.f.waseda.jp/hideo-iwasaki/papercut.html
〔コメンテーター紹介〕
姜 竣(城西国際大学准教授)民俗学・文化人類学・表象文化論
著書に『紙芝居と〈不気味なもの〉たちの近代』(青弓社)、共著に『マンガの昭和史』(ランダムハウス講談社)、論文に「絵の〈声〉の聴き方」(『文学』5巻2号、岩波書店)などがある。
〔企画コーディネート〕
一柳廣孝(いちやなぎ ひろたか)(横浜国立大学教授)日本近代文学・文化史
著書に『〈こっくりさん〉と〈千里眼〉』(講談社選書メチエ)、『催眠術の日本近代』(青弓社)、編著に『「学校の怪談」はささやく』『心霊写真は語る』
『オカルトの帝国―1970年代の日本を読む』(青弓社)などがある。
吉田司雄(よしだ もりお)(工学院大学教授)日本近代文学・文化研究・映像論
編著に『探偵小説と日本近代』(青弓社)、共著に『妊娠するロボット―1920年代の科学と幻想』(春風社)、『機械=身体のポリティーク』(青弓社)、論文
に「代替歴史小説の日本的文脈」(「思想」984)などがある。
林 真理(はやし まこと)(工学院大学教授)科学史・科学論
著書に『操作される生命 科学的言説の政治学』(NTT出版)、共著に『生命科学の近現代史』(勁草書房)、『技術者の倫理』(コロナ社)、論文に「駆け
めぐる細胞 生命とモノのはざまで」(「現代思想」2008年7月)などがある。
本研究会は工学院大学総合研究所プロジェクト研究費「近代日本における科学言説の浸透と変容をめぐる文化研究」による活動の一環として企画したものです。
お問い合わせ先 林真理 / 吉田司雄
プロジェクトのウェブページ
http://www.ns.kogakuin.ac.jp/~wwf1019/