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2003年  1月
1月31日(金)
 今日でもう今年も12分の1が終わってしまう。以前にも書いたが、帰国予定を決めてからにわかに時の流れが速くなってしまった。2月は相当に慌ただしい日々になりそうな予感がする。

 パリ日本文化会館の80/90年代日本映画特集4日目。16時半から『怖がる人々』(和田誠、1994)、19時半から『野菊の墓』(澤井信一郎、1981)。フランス語だと、『Ils ont peur』と『Le chrysantheme sauvage』(chrysantheme の前のeに`)。今日も両方とも入場無料。会場まで歩いて10分ほどのところに住んでいるので、間の空き時間には部屋に戻ってコーヒーを飲むことができる。紅野謙介さんは日大文理の「映画論」の授業で今年は東映プログラムピクチャーについて講義をすると言うのだが、もし自分が同じ題目でするとしたら最後は『野菊の墓』でしめるだろう。マキノ正博の助監督だった澤井信一郎の第一作は東映任侠映画で培われた純度の高い演出と話法とで貫かれているし、緋牡丹シーリズの加藤泰による映画こそが最も近接した作品だと思えるからだ。途中かなり劣化が目立つプリントだったが、何度観ても体に震えがきてしまう。フランス語字幕で、回想される過去が「1850年」と出るのはご愛敬。これでは江戸時代の話になってしまう。ラストの、民子の墓の前で手をあわせる正夫の姿が半世紀後のそれへとオーヴァラップしてゆくシーンには、台詞にはない「Au Revoir Tamiko」の字幕が入る。場内が明るくなると、目頭を押さえているフランスの方が何人かいたのも感動的だった。

 外に出ると雪が降りしきっていた。昼には青空が顔を覗かせていたというのに。映画ざんまいの日々では授業のことなど考えないのだが、今日は久ぶりに『野菊の墓』をテクストに半年講義してみようかなどと考えた。
1月30日(木)

 パリ第7大学に坂井セシルさんを尋ねる。健康診断料分の小切手を送付したはずのOMI(フランス移民局)から、大学にまた請求書が届いたというので、小切手のコピーとそれがすでに払い出されたことを示す銀行口座の明細書とを持参する。坂井さんの指示で、郵送する前にコピーをとっておいて助かった。日本ではちょっと考えにくいことだが、何事も証明できる書類のコピーを取っておくことが肝心なのだ。自分よりずっと先に健康診断を済まされ、診断料も支払い済の中島国彦先生宛にも誤って請求書が再送付されてきたという。さまざまな問題を抱え、OMIも相当大変なのだろうか。

 ちょうど大学に着いた頃から、かなり強く雪が降り始める。16時半からパリ日本文化会館で『萌えの朱雀』(河瀬直美、1997) 。田村正毅の撮影した風景と表情が美しい。19時半からは無料で『ウホッホ探検隊』(根岸吉太郎、1987)が観られるのだが、そちらはパス。決して嫌いな映画ではないけれども、雪が降り止んでいるうちにと家路についた。

1月29日(水)

 さすがに疲れが出たのか、昨日今日と午前中いっぱいだらだらと寝込んでしまう。パリ日本文化会館の80/90年代日本映画特集2日目の今日は、16時半から『岸和田少年愚連隊』(井筒和幸、1996)、19時半から『東京上空いらっしゃいませ』(相米慎二、1990)。今日は2本とも入場無料。こちらでのタイトルはそれぞれ『Boys Be Ambitious!』と『Sous le Ciel de Tokyo』。『岸和田少年愚連隊』は大阪弁の台詞が最初聞きとれず戸惑う。どちらも少なくとも5、60人は観客が入っていて、日本人以外の方がずっと多かったように思うが、『東京上空いらっしゃいませ』を観にきた人たちは、この映画の監督がすでに亡くなったことを知っているのだろうか。「忘れようと思っても、忘られへんことがあるんや」と映画の終わり近くで笑福亭鶴瓶のあの世からの使者は叫ぶのだが、絶対に「忘られへん」ような時間の持続を、長回しを駆使しながら撮り続けた伝説的なシネアストの存在は、パリではどれくらい知られているのだろう。『ションベン・ライダー』は、『ラブホテル』は、このシネフィルの都で上映されたことがあるのだろうか。大ホールでの上映会の難点は、エンディングになると早々に明るくなってしまうことで、目ににじみかかった涙を抑えるのに困った。

 日本からのメールでは、詩人の窪田般弥さんや深作欣次監督が亡くなったことを知らされた。冬枯れの異国で思う人の死は辛い。

1月28日(火)

 昨日イギリスから戻ってきた。坂井セシルさんから、OMI(フランス移民局)のことで話があるのでパリに帰ったら至急連絡をとのメールをいただいていたので、お電話をおかけした折、ジャン=ジャック・オリガス先生が日曜日に亡くなられたことを知らされた。フランスの日本研究を長年にわたって支えてこられた、まさに重鎮と称すべき大先生だが、日本の新聞にも訃報は載ったのだろうか。定年退職後も今年の第1学期までINALCOに非常勤として出講され、後進の指導に当たっておられたのだと言う。11月のシンポジウムの時、一言だけ挨拶をさせていただいたのだが、元気そうにお見受けしただけにショックは大きい。

 パリ日本文化会館では「80/90年代日本映画の展望」という特集の第1部が始まった。1980年の黒澤明『影武者』から2000年の石井聰亙『五条霊戦記』まで1監督1本ずつで全21本がかかる。初日の今日は14時半から『おかえり』(篠崎誠、1995)、19時半から『楢山節考』(今村昌平、1983)。大ホールでの上映なので、スクリーンも大きい。会場も広いが、少なくとも3分の1以上の席は埋まっていただろうか。

 最後に、『妊娠するロボット』読者プレゼントの情報がすでにアップされています。怪美堂トップページから行けますので、ご希望の方はお見逃しなく。イギリス日記も近日中にアップします。

1月16日(木)
 明日からしばらくイギリスに出掛ける。イギリスにはかつて3ヶ月ほど滞在したことがあるので、なんだかとても懐かしい。ロンドン大学には日本語文献の揃った図書館があるので、渡欧中に何回か行こう(そして併せてシェイクスピア劇やミュージカルを観てこよう)と考えていたのだが、結局ここまで行く機会が持てなかった。イギリスには懐かしさを感じる反面、日本にはほとんど感じない。これは帰れば仕事が待っているというのが大きいのだろう。今回の外遊の大きな成果(笑)は映画を観る習慣を取り戻せたことだが、毎日1本の映画とその前後にレストランでの食事、というこのところの生活パターンを、帰国後も続けることはさぞ困難だろう。自らを律するために、怪美堂に「365日映画日録」でも連載させてもらおうか(読者いるかなあ…)。

 ともあれ、怪美堂の事情もあり、しばらく日記更新はお休みになります。しかし、近日中に『妊娠するロボット』読者プレゼントの応募要項がアップされますので、どうかお見逃しなく。
1月15日(水)
 アクション・クリスティーヌ・オデオンでニコラス・レイ監督の『北京の55日』(1963)を観る。ビデオ及びテレビ放映の吹き替え短縮版でなら観たことがあるが、やはりワイドスクリーンの映画は映画館で観てみないと。蓮実重彦をして、ニコラス・レイにどうして『北京の55日』を撮ることができようか、と嘆息させた160分の大作である。西部劇特集の方は、今日はセルジオ・レオーネ監督の『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』(1966)。フランス語字幕付きイタリア公開版。これにはアメリカ公開版にはないカットが含まれているというので少し食指が動くが、160分前後の映画を2本続けてというのはさすがにしんどい感じでパス。ちなみに明日が『夕陽のガンマン』(1965)。この日記を書くために再三データー確認に利用している「映画総合データーベース」にアクセスすると、「ユナイト・マカロニ傑作選 DVDーBOX」の宣伝が出ている。帰国後すぐに購入するつもりだが、果たして毎日1本西部劇などという日々は日本でも可能だろうか。

 地下鉄でレパブリックに行き、エスパス・ジャポンで本の返却貸出手続きをした後、暮れなずむサン・マルタン運河沿いに映画で有名な北ホテルの前を通ってパリ東駅へと向かう。ロンドンまでのユーロユターの指定席券を購入。2等の往復で145ユーロ。近くのトルコ料理のレストランで夕食。トルコ風の前菜盛り合わせにドナー・ケバブ、ラキをグラスで飲んだ後、トルコのロゼワイン。『ロシアから愛をこめて』論を書き始めたので、これも研究のため(!)である。
1月14日(火)
 アクション・クリスティーヌ・オデオンの西部劇特集。今日はルドルフ・マテ監督の『欲望の谷』(1954)。ルドルフ・マテは1898年ポーランドのクラカウの生まれで、言わずと知れた『裁かるゝジャンヌ』(1927)や『生きるべきか死ぬべきか』(1942)のキャメラマン。晩年ハリウッドで西部劇などを撮るようになるまでの生涯には強く関心を引きつけられるものがある。残念ながら、これも映画としては凡作。悪女役のバーバラ・スタンウィックは美しいが、その分凄味に欠けてしまっている。

 パリの映画館は大体午後2時からその日の第一回目の上映が始まる。最終回がかなり遅い反面、日本のように午前中から映画館にふけこむことはできない。今日は映画の前にほど近いアルカザールでランチ。もと同名のナイトクラブがあった場所で、なかなかお洒落な雰囲気。今日のスペシャルはラパン(ウサギ)だというので、前菜もウサギのパテを頼んで兎づくしを慣行。グラスワイン(あるいはミネラルウォーター)とコーヒーがついて22ユーロ。主菜だけのメニューだと15ユーロ。デザートもつけると25ユーロ。サービスもきびきびしていて気持ちのいいレストランだ。
1月13日(月)
 今日は凱旋門に近い17区の映画館マクマオンへ。1940年代から50年代にかけてのハリウッド映画だけを上映している劇場で、第2次大戦後のパリではここに通い詰める熱狂的アメリカ映画ファンは、マクマオニアンと呼ばれたという。オープンから65年目。赤い幕の下りた舞台に赤い椅子。上映前に流れているのはミュージカル映画のスタンダード・ナンバー。映画館自体を文化的遺産としてこのままずっと残してほしい雰囲気。さすがに観客はお年寄りが多く、スクリーンは小さいのに後の方の席に腰掛けている方が多い。先日まで『風と共に去りぬ』がかかっていたが、今日観たのはブレイク・エドワーズ監督の『Mr Cory』(1956)。日本でのタイトルは『野望に燃える男』。フランスでのタイトルは『L'extravagant(無茶な奴、常軌を逸した人) Mr Cory』。トニー・カーチス演じる主人公は大物ギャンブラーの弟子(?)になることで階級社会をのし上がる。肯定的にも否定的にも美しいとしか言いようのないマーサ・ハイヤー共々、そのキャラクターはどこかずれている。『ティファニーで朝食を』(1961)や『ピンク・パンサー』シリーズで当たりを取る前の監督第3作だが、こうした作品を平然とリバイバル公開してしまうのがパリのすごいところだと思う。

 帰りがけにシャンゼリゼ大通りから少し入ったところにあるロー・スシへ。回転寿司とはいっても、おしゃれな雰囲気で有名なお店。夜だと入りにくそうなので、一番空いていそうな4時台に。が、こういう時間だとほとんどお寿司が回っていないのは誤算だった。カリフォルニア・ロール、スパイシー・ロール、チーズも入ったロー・ロール、そしてキュウリもみの上にゴマをふりかけたサーモンがのったスペシャリテの小皿を注文。ロゼと白のワインをグラスで飲む。ほとんどが若いフランス人のカップルかグループ。ワイングラスを傾けながら、お寿司やお刺身をつまんでいて、本当におしゃれでいい感じだった。
1月12日(日)
 年を越してから、にわかに時間の流れが速くなった気がする。先週、あいついで日本の出版社と原稿締切のことでメール連絡をとったせいもあるが、日本の時間に急に同調するよう迫られ、同時にこれまでの滞欧期間の心理的長さがぐっと圧縮されてしまったように感じている。帰国が近づくにつれ、慌ただしさは刻々と増してゆくことだろう。心して日々を送らなければ。

 とはいえ、そうすぐに生活のリズムを変えられるものでもない。例によって(笑)アクション・クリステイーヌ・オデオンの西部劇特集へ。ヘンリー・ハサウェイ監督の『5枚のカード』(1968)。ロバート・ミッチェムが『狩人の夜』さながらの牧師役で登場するミステリー仕立ての物語。モーリス・ジャールの音楽がしつこいくらいに耳につく。その後、クリュニー・ラ・ソロボンヌ駅にほど近いル・ビストロ・サンテミリオンへ。11・5ユーロの格安メニューが(昼だと8ユーロのも)あって、いつも混んでいる。木の椅子、木の壁、木の天井で、下町の定食屋か居酒屋といった雰囲気。日曜なのでさすがに空いているかと思っていたが、19時をまわると次々とお客が入ってきて、たちまち席が埋まっていった。

 ワインを飲みながら食事をしているうちに、すっかりいい気分に出来上がってしまう。日本のように飲み屋で何時間も飲むということはないが、その分食事とアルコールとは完全に切り離せなくなった。まどろみそうな至福感の中で、あと何日こうしていられるのかと、そっと指を折って数えてみた。


  遅ればせながら、12月20日から1月6日までの日記をアップしました。近々イギリスに出掛けることや怪美堂の方の事情もあり、今後もしばらくは日記更新が不定期になると思います。
1月11日(土)
 坂井アンヌバヤールさんがご自宅に夕食に招いて下さったので、芳川泰久さんと一緒にお伺いする。いつものように(笑)アクション・クリステイーヌ・オデオンの西部劇特集で、アンソニー・マン監督の『ララミーから来た男』(1955)を観た後、サンジェルマン大通りのフナックとカフェで時間をつぶし、芳川さんとの待ち合わせの時間に地下鉄3番線のガンベッタ駅へ。が、乗換に手間取ったりして10分ほど遅刻。危うく置いてけぼりにされるとこだった。

 坂井アンヌバヤールさんのところは、夫と男の子、女の子の4人家族。夫のピエールさんは、日本でも筑摩書房から『アクロイドを殺したのはだれか』の翻訳が出ている研究者。実はこの本、大学の授業で探偵小説を講義するときの大事な種本(!)の一つなのだ。迂闊なことに全然知らなくて、行く道すがら芳川さんからそうらしいよと教えられて、しばし茫然。ピエールさんはとても知的な雰囲気の方で、お会いできただけで感動もの。現在は『ハムレット』の謎を問題にした本をお書きになっているそうだ。

 1時間ほど雑談していると、坂井さんのINALCOの同僚であるエマニュエル・ロズランさんとエステル・フィゴンさんが到着。ロズランさんは森鴎外の研究者。早稲田の日本文学専攻に留学しておられたことがあり、その時の指導教授が自分と同じ竹盛天雄先生で、十重田裕一さんなどのこともよくご存じだ。が、こちらが博士課程を出た後のことで、お会いしたのは今日が始めて。そのロズランさんが最近凝っている『蝶々夫人』の話とか、フランスでは子供にどうやって本の読み方を教えるかが社会問題になっていることとか、あれやこれやの話を伺っているうちに、あっという間に時間がたってしまった。

 そろそろ地下鉄の終電がなくなるからと、12時半過ぎにおいとまする。ロズランさんとフィゴンさんは、ベビーシッターに子供を預けてから車でいらしたそうで、まだまだ話が続くようであった。終電の時間を気にしながら居酒屋でうだをあげる日本的「研究者飲み共同体」とはずいぶん違うものだと、感心かつ羨望しつつ駅に向かうが、着くとちょうど市中心部に向かう終電が出てしまったところだった。今度は、愛猫家の芳川さんが坂井さんのお宅の2匹の猫ちゃんとの別れを惜しんでいたせいである(笑)。ガンベッタ広場でタクシーに乗り、芳川さんがバスチーユ広場近くで降りられた後、夜のセーヌ河岸を疾走。軽やかな気持ちで無事帰宅した。
1月10日(金)
 再びアクション・クリステイーヌ・オデオンの西部劇特集へ。ヘンリー・ハサウェイ監督の『新・ガンヒルの決斗』(1971)。「新」とあっても『ガンヒルの決斗』(ジョン・スタージェス、1951)とは何の関係もなく、出獄してきたグレゴリー・ペックが駅で出会った少女と共に、昔銀行強盗を働いた際に彼を撃って大金を独り占めした男に会いに出掛ける先が、ガンヒルなのだ。原題も『Shout Out』で『ガンヒルの決斗』の『Last Train from Gun Hill』とは全然違う。そして、下手な続編でない分だけ、結構楽しめる映画だった。

 昼には小雪まじりだったが、どうやら暗くなって止んだ。ユシェット通りのギリシア料理店へ。思い切って前菜にカエルの足を注文。カエルといっても日本の食用ガエルのように大型ではなく、アマガエルくらいの大きさ。メインはもちろんプロシェットで、牛・鶏・羊・メルゲーズのミックス。ギリシア料理店を中心に安い飲食店が何軒も集まっているこの一角は、いつも活気があふれていて、パリでも最も好きな場所の一つである。
1月9日(木)
 今日はアクション・クリステイーヌ・オデオンの西部劇ではなくニコラス・レイ特集へ。『Hot Blood』(1956)。ジプシーの結婚式で、花婿の父親が二人の手に刀で傷をつけ、そこを重ねて血を混じりあわせる。ダンサーの花嫁と鞭をふるう花婿とのダンス・シーン。二人の寝室の外での参列者たちのどんちゃん騒ぎ。大喧嘩を始める新郎新婦。そして初夜から妻を残して金髪の女と出かけてしまう夫…。感情がヒートしてゆく過程の演出が凄い。

 その後、フランス国立図書館の「エミール・ゾラ」展へ。ゆったりした空間に、原稿や本や手紙などの資料だけでなく、ゾラと関わった画家たちの絵画も展示されている。絵画展図録並みの大判で厚いカタログもすごい。国立図書館から駅に向かう途中に、ザ・フロッグというイギリスのパブ風のお店があったので、そこで夕食。ビア樽に腰掛けてジョッキを持つカエルの絵のコースター。パリ市内にももう数件あるらしい。エールを1パイントに、フィッシュ&チップスを注文。フィッシュ&チップスのプレートは13.5ユーロと結構いい値段。実は来週後半からイギリスに出掛ける予定でいる。ロンドンに行きさえすれば、そこらじゅうで安く食べられることは分かっているのだが、つい懐かしくなってしまったのだ。が、フランス風に少し上品な味と盛りつけになりすぎた感じだった。エールもちょっぴり甘ったるい気がする。ドヴァー海峡を越えただけでこうも違うものかと思いつつ、いよいよイギリス行きが楽しみになってきた。
1月8日(水)
 今日もアクション・クリステイーヌ・オデオンの西部劇特集へ。ハワード・ホークス監督の『果てしなき蒼空』(1952)。アメリカ北西部ミズリー川を遡る開拓団の物語だから、インディアンが出てくるとはいえ、西部劇の範疇に入れていいかどうか疑問だが、フランス語がしばしば混じるこの映画は、もしかしたらパリでは西部劇特集に欠かせない一本なのかも知れない。というのは、あくまで想像。日本でビデオ発売していたとは知らなかった。いや、朧気ながら見かけた記憶もあるな。ともあれ、帰国後に購入したい1本だ。

 その後、オルセー美術館の特別展「マネーベラスケス」を見る。17世紀のスペイン絵画の名品が、ヨーロッパ中の美術館から掻き集めた感じで最初の部屋から並んでいる。さすがに超有名な作品こそ来ていないが、プラドやエルミタージュで見た作品とパリで再会できるのは感慨深い。ルーブルのリベラ『えび足の少年』なんかもこちらに来ている。展示はスペイン絵画の影響を明らかに止めたフランス絵画へと移り、途中にゴヤのコーナーを挟んで、スペイン旅行中の作品を含めたマネへと至る。メトロポリタンなどアメリカの美術館から一時里帰りしてきた作品も多い。印象派以降のフランス絵画をやはりアメリカは潤沢に持っているのだと思う。スペインの影響を示す作品の幾つかは、そのままジャポニスムの絵画と地続きにある。勉強すべきことも多いなと思う。
1月7日(火)
 新年あけましておめでとうございます。と久々の日記なので、まずは年頭のご挨拶から。怪美堂の年末年始休業でお休みしていた12月20日以降の日記は今週中にまとめてアップします。


 さて、この間の最大のニュースは、怪美堂オーナーの會津さんらと一緒に作った『妊娠するロボット』という本が出たこと。出版元の春風社も年始休業だったため、どうやら書店にはまだ並んでおらず、献本をお願いした方々のお手元にも届いていないらしい。でも、もうまもなく書店で見かけるようになるはずなので、ぜひ手にとってご覧になって下さい。ミルキィ・イソベさんのとても見事な装幀の本なので、それだけできっと欲しくなる(!)はずです。また、在外研究中ということもあり、必ずしも多くの方にお送りすることができませんでしたので、その埋め合わせも兼ねて、現在プレゼント企画を検討中です。近日中に応募要項を告知します。


 今日はイタリア広場のゴーモン・グランテクランへ。丹下健三設計のスチールとガラスの巨大な建物に入っている、名前の通り20メートル以上もある巨大スクリーンで有名な映画館。ただ観にいったジャン=ピエール・リモザン監督の最新作『NOVO』(2002)は、巨大スクリーンではなくミニシアター風の別の上映室。それでもゆったりした椅子にドルビーサウンド。客席はパラパラだったが、予想通りの体感的な音と音楽の世界だったので、ここで観て正解。

 その後、中華街の理髪店で半年ぶりに散髪。女性の美容院を兼ねている(と外には出ている)店を選んで入ったので、夏前のようなことにはならなかった(と思う…)。さらに近くの店で、ベトナム風うどんPHOを食べる。テーブルにモヤシと香味野菜が山盛りの皿が置かれていて、好きなだけ入れていい。まわりを見回すと、モヤシをほとんど入れてしまうか、それとも何も入れないか、どちらかみたいだったが、自分の場合、もやしはもとより香味野菜までかなり入れて食べる。お奨めは生熟牛肉入りで、しゃぶしゃぶ肉のような薄切りの赤い肉が入って出てくる。6.5ユーロ。スペシャルにすると、つくねみたいな小さな肉団子も入っている。このPHOも、日本に帰ると簡単に食べられなくなる好物だ。いよいよパリから離れがたい…。

 帰りがけにはスーパーに寄って、台湾やタイのインスタント・ヌードルを大量購入。袋入りを18種類、カップ麺を7種類、全部で25種類。値段は袋入りで0.30から0.60ユーロ。カップ麺だと1ユーロ前後。合計で14.19ユーロ。かくして帰国までの間、アジアン・ヌードル三昧(!)することとなった。


 最後に、実家からの連絡によれば、かなりの数の年賀状が届いているとのこと。昨年の賀状で予告したように、今年は滞欧中ということもあって、1枚も年賀状を書きませんでした。賀状を下さった方には失礼をお詫び申し上げると共に、この場での挨拶をもって換えさせていただきたく存じます。
 本年度もどうかよろしくお願い申し上げます。
1月6日(月)*1月12日追加
 今日もアクション・クリステイーヌ・オデオンの西部劇特集へ。ジョン・ウェイン主演の『大列車強盗』(1972)。監督バート・ケネディ。人妻役のアン=マーガレットのカウボーイ姿はなかなかりりしい。続けて、もう一つの上映室のニコラス・レイ特集へ。日本未公開作『女ごごろ』(1950)。ちなみに「映画総合データーベース」にアクセスしてわかったのだが、テレビ放映された時は原題の『Born to be Bad』を半ば直訳した形で『生まれながらの悪女』。昨日観た『エヴァグレイズを渡る風』のテレビ放映時のタイトルは『ジャングル・ガードマン』。決定的に間違っている訳ではないが、こうした題ではニコラス・レイ映画の雰囲気は全然伝わらないなとつくづく思う。

 『大列車強盗』も最後にとんでもないオチが用意されているのだが、『女ごころ』のシニカルなエンディングは何とも忘れがたい。いわゆる悪女もの、ファム・ファタールものだと思って観ても、かといって『女ごころ』という題を真に受けて観ても、絶対に裏切られる映画ではあるけれども、ぜひ日本でも公開してほしいと思う。今どきの女性の生き方そのものだと言い出す男性が何人も出て来そうな予感がする。
1月5日(日)*1月12日追加
 レ・アールのフォーロム・デ・イメージで「Animal」、つまり動物映画の特集をやっている。昨年12月10日から今年の1月28日までの間に80本を越える作品が上映される。今日も14時30分から4本。西アフリカのブルキナ・ファソのIdrissa Ouedraogo監督の『Le Cri du coeur』(1994)、日本の今村昌平監督の『うなぎ』(1996)、アメリカ・ハリウッド映画のニコラス・レイ監督の『エヴァグレイズを渡る風』(1958)を観る。4本目はさすがに目がしょぼしょぼしてきたので観なかった。最初の『心の叫び』と訳せる映画は、アフリカからフランスへと移住してきた5歳の少年の物語。少年はハイエナの幻像をしばしば見かけ、新たな環境にとけ込めなくなってゆく。ゴミ捨て場でハイエナのまわりに火をつけるラストシーンが印象的。また、パリでの今村監督の人気は根強く、十数年前に来た時も今回もどこかしらの名画座で今村監督作品が上映されているのを情報誌でみたが、今日もこの回が一番盛会で反応もよかった。
1月4日(土)*1月12日追加
 目覚めると夜半から降り出した雨が雪に変わっていた。午後にはうっすらと屋根の上が白くなり始める。グラン・パレへ。もうすぐ会期が終わる「コンスタブル」展と「マチスーピカソ」展。入口も入場料金も別。「コンスタブル」展はジグモンド・フロイトの孫であるリュシアン・フロイトのセレクション。見終わってから「マチスーピカソ」の入口に向かうと、雪もやんだせいか長い列ができている。マチスとピカソの同じようなモチーフの作品を交互に、ほぼ年代順に並べたユニークな展覧会。二人の作品の違いやその変容がわかる豪華な企画。オーディオガイドに耳傾けながら見ていると人がずいぶんといたが、確かに効果的なのかも知れない。
1月3日(金)*1月12日追加

 『妊娠するロボット』を11月のパリ第7大学のシンポジウム発表でご一緒した方々に郵送する。世界で最初に『任ロボ』の献本を受け取るのはパリの方々というのも、新時代の研究書にふさわしいのではないかと勝手に悦に入っている。

 アクション・クリステイーヌ・オデオンでラオール・ウオルシュ監督の『死の砂塵』(1951)を18時から観る。昨年最後に観た映画もウオルシュ、今年最初の映画もウオルシュ。息子を殺された父親にあやうくリンチで殺されそうになっていた男を、法の裁きに委ねるべきだと砂漠を越えて町まで護送する保安官の物語は、観ているだけで辛くなる。

1月2日(木)*1月12日追加
 寝正月2日目。久しぶりに青空が見えてきたので散歩に出ようと思うと、一転して大粒の雨が降り始める。パリの天気はあいかわらず変わりやすい。冷蔵庫の食品を飲み食い減らすのにも飽きてきたので、夕飯は外に食べに出る。元旦と違って、スーパーもレストランも開いている。近所のインド料理店へ。羊年だからということで(笑)、前菜も羊肉、メインも羊肉のカレー、しかもニンニク入り!(これが一番高級なのだ)

 しっかり厚着をしているためか、それとも最初にドイツとチェコの寒さに触れたせいなのか、あまり寒さが厳しいとは感じないが、さすがに強い風は冷える。午後はうなるような風音がずっと響いていたし、時折突風で吹き飛ばされそうな感じでさえあった。
1月1日(水)*1月12日追加
 深夜0時をまわり新しい年を迎えると、それまで静かだったパリの街はにわかに息を吹き返す。あちこちから歓声や口笛や車のクラクションや爆竹の音が響き、ネオンが揺れ、花火が打ち上がる。自分の住んでいるところの近くでは、なぜかホルンの音が長く響き渡った。

 お昼過ぎから散歩に出る。どんよりとした曇り空。別に普通の祭日と変わらない静かな町の表情。しかし、ビルアケム駅を過ぎてエッフェル塔の方に向かうと、にわかに道行く人の数が増えてくる。明らかにいつもより混み合っていて、路上の売店も開いている。まるで初詣に行く途中のような感じ。元旦の日のパリの展望をエッフェル塔の上から楽しもうという人の列が長くできている。寒空の下、並ぶのはパス。帰る頃には大粒の雨が降り出してきた。

 
 會津さんらと作った『妊娠するロボット』という本が日本から届いた。何よりのお年玉(?)といった感じで、今年はいい年になりそうな予感でいっぱいになる。日本にいるうちに原稿を書き上げられずに、シベリア鉄道の車中で資料を読み、パリのホテルにこもって書き上げた日々のことを思い出す。そうした意味でも、自分には思い入れの深い一冊だ。一人でも多くの人に読んでもらえたらと心から願っている。

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